仕事をしているとき、私の職場でよく飛び交う言葉があります。
「その仕事の目的は何?なぜそうしたいの?」
この問いかけは職場の中だけではなく、一緒に仕事をしている外部の企業や組織に対しても向けられます。
私の会社では10年ほど前から、この問いかけを従業員に徹底するようになりました。
それ以降、業績はさておき、社内一丸となった空気(エンゲージメント)は強くなった気がしますし、外部の方からも「御社の団結感は他社と比べてもすごいですよね」と言われることも多くなりました。
「目的意識を持とう!」という言葉はよく耳にしますが、その狙いは「計画的、効率的に仕事をする」「モチベーションを高める」「自分の仕事を成功に導く」といった個人の仕事の質と成果を向上させることが多いと思います。
これらは間違っているわけではありませんが、もっと重要な狙いがあります。
それは「人を動かす」ことです。
「目的」が「人を動かす」とはどういうことなのか?
イギリスの著作家サイモン・シネック氏による『ゴールデンサークル』というビジネスコンセプトをベースに解説します。
ビジネスの現場では、思ったように事が進まないことがよくあります。
「うちの製品は他社に負けてないはずなのに、なんで売れないのか?買ってもらえないのか?」
「丁寧に説明をしているのに、なぜ部下は思った通りに動いてくれないのか?」
一方で、うらやましいほどに製品が売れている会社、みんなが一致団結してどんどん成果をあげていく組織もあります。
一体この違いは何なのか?
たとえば、なぜAppleは長年に渡って売れる製品を次から次へと生み出し続けているのでしょうか?
同等の機能や性能を持った製品、優れたデザインの製品は他社からもたくさん販売されているのに、なぜ値段が高いApple製品を買う人がこんなにたくさんいるのでしょうか?(私も長年のiPhoneユーザー)
Appleと言えども、ただのコンピューターの会社です。人材も組織形態も取引企業も宣伝のやり方も、他の競合会社と比べてそんなに大きく違うものではありません。
ではなぜAppleは特別な会社に見えてしまうのでしょうか?
小さな自転車屋を経営していたライト兄弟は、多くの研究者や資本家ができなかった動力飛行機の発明がなぜできたのでしょうか?
何が違ったのでしょうか?
アメリカの黒人差別に反対して公民権運動を導き、後にノーベル平和賞を受賞したキング牧師。
一介の牧師であった彼が、なぜここまで巨大な影響力をもったリーダーになれたのでしょうか?
大勢の人々が公民権運動に参加している中で、なぜ彼だったのでしょうか?
実は、この3つのケースには共通点があります。
彼らはまったく同じ方法で考え、行動し、コミュニケーションをしていたのです。
そして、それは世の中の多くの人とは正反対なのです。
それが理解できれば、世界がどのように動いているのか、世界とどのように接すればよいのかが見えてくるはずです。
それを絵にしたものが、この「ゴールデンサークル」です。
「なぜ一部の組織やリーダーだけがまわりの人々に感銘を与えることができるのか?」
それは、このシンプルな図で説明ができます。
すべての人々、すべての組織は「自分が何をしているのか?(WHAT)」はわかっています。当然知っています。
自動車メーカーなら「私の会社は車をつくっている」ということです。
「それをどのようにやっているのか?(HOW)」を語れる人も、そこそこいます。
例えば、「うちは他社とは違った品揃えの商品を扱ってます」とか「うちの商品のセールスポイントはとにかく安いことです」とかです。
でも「なぜそれをするのか?(WHY)」をちゃんとわかっている人や組織は多くありません。
多くの人や組織は、「なぜそれをするのか?(WHY)」をあいまいなままに、「何をどのようにするのか?(WHAT/HOW)」を一生懸命考えがちです。
でも優れたリーダーや組織は、まず最初に「なぜ?(WHY)」から考え始めます。
そして「どのように?(HOW)」を考えて、最後に「何をするか?(WHAT)」を決めて行動します。
多くの人と正反対の順番で考えます。
「なぜそれをするのか?(WHY)」の答えは、「利益をあげるためです」「お金を稼ぐためです」ではありません。
なぜなら、利益はただの結果だからです。「何かをこのようにやったから結果として利益が出た」ただそれだけのことです。
「なぜそれをするのか?(WHY)」とは、「目的」を問いかけているのであって、結果を聞いているわけではありません。
ゴールデンサークルの考え方を理解するときに、一番気をつけなければならない点、一番勘違いしそうな点はここかもしれません。
いくつかの具体的な事例を紹介します。
例えばこんなスマホのCMがあるとしましょう。
ほとんどのマーケティングやコミュニケーションはこんな感じです。
多くの人や組織は、まず自分が何をするかを伝え、それがどのように異なるのか、どのように優れているのかを伝え、何らかの行動や購入を期待します。
これは「WHAT⇒HOW⇒WHY」の順番でのコミュニケーションになっています。
では順番をひっくり返して「WHY⇒HOW⇒WHAT」にすればどうなるでしょう?
どうでしょうか?このスマホがとても気になってきませんか?
これがAppleのやり方なのです。
車であれば一般的な売り言葉はこんな感じでしょう。
みなさん、この売り言葉にワクワクできますか?
「ふーん、そうなんだー、他の車と比べてどうなんだろ?」程度の印象しか持てませんよね。
これは「WHAT⇒HOW⇒WHY」の順番でのコミュニケーションになっています。
電気自動車のテスラであればこう言うでしょう。
これも「WHY⇒HOW⇒WHAT」のコミュニケーションです。
燃費や装備といったスペック、あるいはデザインに惹かれて車を購入したお客様は、また次に車を買うときには、いろいろなメーカーの車を比較するでしょう。同じメーカーの車を選ぶとは限りません。
でもテスラの「WHY」に共感したお客様は、次の車もテスラを指名買いするでしょう。
「なぜそれをするのか?(WHY)」の答えが、「利益をあげるためです」「お金を稼ぐためです」であった場合、誰もそんなものを買いたいとは思いませんよね。
人の心は「WHAT(何)」に動かされるのではなく、「WHY(なぜ)」に動かされるのです。
デザインも性能も似たようなスマホや電気自動車は世の中でたくさん販売されているのに、多くの人がAppleやテスラを選び続ける理由はここにあります。
ビジネスは、「自分がやっていることを知っている相手」ではなく、「自分が信じることを信じてくれる相手」とすべきです。
だから「WHY⇒HOW⇒WHAT」の順番でコミュニケーションすることが重要なのです。
人の心が「WHY(なぜ)」に動かされる理由は、人間の脳の機能と関係があるそうです。
人間の大脳には「理性をつかさどる大脳皮質」と「本能をつかさどる大脳辺縁系」という部分があります。
大脳皮質は脳の最も外側に位置し、人間らしい合理的な思考や言語をつかさどります。
その内側にある大脳辺縁系は、信頼や忠誠心などの感情をつかさどります。人間の意思決定はここで行われます。
それはゴールデンサークルの構造と同じようになっています。
外側にある大脳皮質では、WHATが理解できます。スマホのスペックや車の装備といった情報もここで理解します。
内側にある大脳辺縁系では意思決定を行い、人を動かすのですが、なんとこの部分は言語を理解するようになっていません。言語を理解するのは外側の大脳皮質の仕事です。
なので人はたまに「直感的に行動する」とか「頭では理解できるけどなんかモヤモヤする」といった状態になるわけです。
人間の脳の機能からも、人の心は「WHAT(何)」に動かされるのではなく、「WHY(なぜ)」に動かされることの説明がつきます。
脳の内側にダイレクトに働きかけることができれば人は行動するのです。
「脳の内側にダイレクトに働きかける」とはどういうことなのか?
先ほどのAppleの事例で説明します。
このWHY(私たちは世界を変えたいのです)が、言葉や理屈ではうまく説明できないけど胸に刺さる、という状態なることです。
「私も世界を変えてみたい!その仲間に入りたい!」と感じ、胸に刺さった瞬間に、もうAppleに興味津々状態になってしまいます。
まさに「Appleが信じていることを、自分自身も信じる」という状態になるのです。
ここで「手にしてみたい!」という気持ちが生まれ、それに続くHOWとWHATによって購入を後押しするようなイメージです。
一方で、コミュニケーションの順番が正反対のパターン。
「わが社は素晴らしいスマホを作っています」と言われても、胸には刺さりません。しょせん他人事です。
そんな状態で、「あなたにぜひ買ってもらいたい」と伝えたところで、脳の内側を刺激するには至らないのです。つまり人は行動(購入)しません。
ライト兄弟は有人動力飛行を成功させたことで有名ですが、サミュエル・ラングレーという大物も有人動力飛行の研究開発を行っていました。
発明家でもあったサミュエル・ラングレーは天文学者であり、スミソニアン博物館の館長も務めた人で、世界最高レベルの頭脳を持った研究者との人脈がある上に、動力飛行機の開発においては国からの資金援助も受けていました。
世間の人々もメディアもみんな、サミュエル・ラングレーが世界初の有人動力飛行を成功させると信じていました。
一方で、自転車屋であるライト兄弟は、有能な人材もお金も何も持っていませんでした。手伝ってくれる人たちはみんな大学教育も受けていない人ばかりでした。
でも勝者はライト兄弟でした。
なぜなら、サミュエル・ラングレーは、途中で有人動力飛行をあきらめたからです。
サミュエル・ラングレーが有人動力飛行を目指す「目的(WHY)」は、富と名声でした。
彼のチームメンバーはお金のために働きました。お金のために働く人は、お金が理由で去っていきます。
ライト兄弟の「目的(WHY)」は、文明を進歩させて世界を変えること、だったのです。
その「目的(WHY)」を信じていた彼のチームメンバーは、決してあきらめることなく、がむしゃらに働きました。
その差が、ライト兄弟を世界初の有人飛行成功者にしたのです。
ライト兄弟が有人飛行を成功させた日に、サミュエル・ラングレーは開発チームを辞職しました。
「一番乗り」になれなかったからです。
1963年の真夏、キング牧師のスピーチを聞くために25万人もの人々がワシントンに集まりました。SNSもウェブサイトもない時代に、です。
公民権運動における活動家は他にも大勢いましたが、一介の牧師であったキング牧師は、他の活動家と違っていました。
キング牧師は「アメリカは何を変えるべきか」ではなく「自分が何を信じているか」を徹底して人々に伝えたのです。
「I believe・・・I believe・・・I believe・・・」と人々に語り掛けました。
そして、彼が信じていることを信じる人々が、それを自分のものとして、他の人々に同じように伝えました。
その結果が25万人なのです。
25万人の人たちはキング牧師のファンではありませんし、彼のやろうとしていることを知りたかったわけではありません。
彼のためにわざわざワシントンに集まったのではなく、自分自身のためにやって来たのです。自分自身が信じることのために行動したのです。
キング牧師が「私にはこんな計画があります、聞いてください」という演説をしていたら、こんなに大勢の人は来なかったはずです。
人は権力や名声のある人に従います。言われたことはやります。でも心は動かされません。
キング牧師のように「WHY」を語れる人物こそ真のリーダーであり、人の心を突き動かすことができ、後は放っておいても人は動くのです。
誰かのために、ではなく、自分自身のために、みんなそうするのです。
多くの企業は「企業ビジョン」とか「企業理念」みたいなものを公表しています。
仕事柄、私もいろんな企業をチェックしていますが、「私は〇〇します」といった行動宣言のような「WHAT」を打ち出している企業が多いように感じています。
例えば・・・
2030年で売上高〇〇億円にします
〇〇事業を基軸として持続的な成長を実現します
〇〇業界のリーディングカンパニーになります
そもそもビジョンとかミッションとかは、企業の将来像や使命を表現したものなので、「WHAT」寄りになるものなのかもしれません。
「WHY」を打ち出している企業は、日本ではあまり見かけなかった印象ですが、最近は「企業ビジョン」だけではなく「パーパス(Purpose:目的)」を公表する企業も増えてきました。
パーパスは、その企業の「存在意義」と訳すこともできます。
「パーパス経営」という言葉も最近よく耳にしますし、導入を検討している企業も結構いますね。ESGとかSDGsとかが追い風になっているのでしょう。
ビジョンやミッションだけではなく、パーパスも世間に広く知ってもらうことは、従業員のモチベーションや企業のブランドイメージを向上させるのに非常に有効です。
にしても、テスラの「脱炭素社会をガチで実現する!」とか「火星に人を送り込む!」みたいな強烈なパーパスを打ち出している企業は、日本ではまだまだ少ないと思います。
Amazonの「見つけてほしい日本があります」というこちらのCM。なかなかいいな、と思ってます。
このCMでは「Amazonで買ってね!」なんて一言も伝えていません。
これは「日本を見つける」というWHYを伝えているCMで、「Amazonは日本の中小企業を応援する場所であり、日本の良さを再発見する場所でもある」というメッセージを伝えています。
多くの日本人の胸に刺さるメッセージではないでしょうか。
(この手のWHYを伝えているCMは探せばたくさんありますので、「ああこれはWHYのコミュニケーションやってるな」とか思いながらチェックしてみてください)
と、ここまでは企業における「目的」の話でしたが、さて自分の職場ではどうでしょうか?
部下のいる人に問いたいのですが、
「あなたは部下に自分が信じていることを伝えられていますか?ただ仕事の指示をしているだけではありませんか?」
BtBビジネスをしている人に問いたいのですが、
「あなたの会社は取引先や関係会社に、あなたの会社が信じることを伝えられていますか?」
それよりも、
「あなたは自分の職場が、そして自分自身が何を目的として、何を信じて日々仕事をしているのかわかっていますか?」
「自分がこんなに頑張っているのに部下の動きがよくない」とか「事細かく指示をしているのにちゃんと結果を出してくれない」とか愚痴る前に、ぜひ自分自身にこの問いかけをしてもらいたいです。
自分が何かをすることによって他人を動かしたいと思っても、自分自身がその理由をわかっていないと、他人を動かすことはできません。
誰かに何かを買ってもらいたいと思っても、人を惹きつけることはできません。
自分の商品を欲しがるお客様よりも、自分の信じることに共感してくれるお客様に売るべきです。
仕事を求めている人を雇うよりも、自分の信じることに共感してくれる人を雇うべきです。
仕事を求めている人を雇うと、その人はお金のために上司の指示に従い働きますが、自分の信じることに共感してくれる人を雇うと、放っておいても汗水流して一生懸命に働いてくれるのです。
「目的」が人を動かすことを理解して実践することは、リーダーシップの極意なのではないかと私は思っています。
会社レベルで「パーパス経営」をするのと同じくらい、職場レベル、個人レベルでの「パーパス意識」もとってもとっても大切です!