今も昔も企業の不祥事は後を絶ちません。

最近の大きなニュースだと、ビッグモーターの保険金不正請求、ジャニーズ事務所の性加害問題など。

ビッグモーターやジャニーズ事務所については、経営者そのものに大きな問題があったり、謎のベールに包まれた会社であったりと、ちょっと特殊な感じもしますが、ちゃんとしたイメージのある有名大企業でも不祥事は起こっています。

過去に遡ってみると、リクルート、日産自動車、三菱自動車、電通、佐川急便、東芝、三菱電機などなど・・・

いずれも日本を代表する大企業です。

どの会社も徹底的に教育された優秀な社員が大勢いて、しっかりした組織とプロセスもある会社です。

実際、私には不祥事で実刑判決を食らった大企業の知人もいます。違う会社の人ですが、とても聡明でまじめな管理職でした。

うちの会社も実は少々やらかしたことがあり、その時は私の上司が記者会見で深々とお詫びをし、その姿は全国紙にも掲載されました。有能で人柄もよくコンプライアンス違反など絶対に許さない正義漢の上司が、です。

なぜ、こんなちゃんとした人たちがいるちゃんとした会社で不祥事が発生するのでしょうか?

うちの社内にいる企業の不祥事にとても詳しい友人と雑談したときに、とても興味深い会話をすることができました。(誰かの受け売りのようでしたが)

 

ある会社が不祥事をやらかしてしまった際、みなさんその会社にどんな印象を持ちますか?

「従業員含めて、この会社はコンプライアンスに対する意識が低いのでは?ちゃんと教育やってんのかな?」

「いやいや会社はちゃんとしているんだろうけど、やらかした職場や担当者のコンプライアンス意識が低いのでは?謝罪している社長もある意味被害者だな」

そんな声がメディアやSNSから聞こえてくるのではないでしょうか。

 

私も仕事として、これまで多くの企業不祥事の後始末に関わってきました。不祥事が発生した企業の内側の様子もよく知っています。

だからいつも思うのです。

「コンプライアンス意識が低いってことはない、高くても不祥事が起こっているのが現実なのだ」

なので、不祥事を起こした会社が私に説明(申し開き)をする際に、その対応策が「コンプライアンス委員会の設置」とか「全従業員に対するコンプライアンス教育の徹底」とかだと、気分が盛り下がってしまうのです。

「それはそれでいいんだけど、それだけじゃ足りないでしょう」とダメ出しするしかありません。

じゃ何が足りないのか?

不祥事が発生するメカニズム

不祥事が発生するときは、必ずそうなってしまうメカニズムがあります。

そのメカニズムをまずは理解しないことには、委員会をつくろうが教育を徹底しようが、まじめで優秀な従業員が道を踏み外してしまうのです。何が足りないのかを探して見つけることもできません。

友人は「そのメカニズムとは”トレードオフの繰り返し”なんだよ」と教えてくれました。

トレードオフとは「二律背反」、何かを得ようと思えば何かをあきらめないといけない、ということです。

それを何度も繰り返しているうちに、どこかで道を踏み外してしまうのが、不祥事のメカニズムなのです。

 

当たり前のことですが、どの会社も高い目標に向けて努力しています。そのために多くの従業員が汗水流して日々働いています。

目標は常に存在します。達成してしまったら、またさらに高い目標が設定され、どんどん成長していくのが会社の姿です。

成長ではなく生き残りをかけた最低限の目標というケースもあるでしょう。

いずれにせよ、目標とは達成が困難なものであり、それは会社の目標も、職場の目標も、個人の業務目標も同じです。

そんな厳しい目標を達成しようとすると、

「何かをあきらめないといけない」
「どちらかを優先させなければならない」

というトレードオフ(二律背反)が発生することがあります。

売上アップを取るか、利益アップを取るか
⇒ 「売上アップのために値下げするか・・・でも収益が悪化する・・・」

性能向上を取るか、原価低減を取るか
⇒ 「性能向上させると原価が上がるし、かといって原価は上げられないし・・・」

仕事の完遂か、定時退社するか
⇒ 「今日中に仕事終わらせないといけないけど、今夜は友達と約束が・・・」

このような二律背反の悩みは会社や経営者に限った話ではなく、中間管理職も現場の従業員も日々同じ悩みを抱えて働いています。

そしてうまくいけば褒められます。出世できるかもしれませんし、ボーナス査定がよくなるかもしれません。

でも何かを犠牲にしてどちらかの目標を達成した場合は・・・目標を達成したとは認めてもらえません。

 

例えばこんなケース。

上司6

来月の販売は今月より上を達成してくれ

OL7

はい、頑張ります

翌月・・・

部下女2

先月より売り上げ増えました!

上司8

おいおい収益率が下がってるじゃないか、値下げして売っても意味ないんだよ

部下女6

でもどうすれば・・・

上司5

自分自身で考えることが君の成長につながるんだ

更に翌月・・・

OL7

今月は売上も利益率も増やすことができました

上司4

すごいじゃないか!まだ経験も浅いのに君は優秀だな!

一見何の問題もなさそうなこの会話ですが、ひとつ引っかかるところがあります。

彼女は「売上を増やすこと」と「利益率を維持すること」の二律背反を抱えていましたが、最後はこの二律背反を解決しました。

「トレードオフ」をすることなくビジネス目標を達成しました。

ほんまかい?と。

この上司は部下の成果に疑う様子もなく大喜びしました。

でも、目標達成が困難であればあるほど、二律背反を解決するのも困難です。

そこで”トレードオフ”、つまり何かを犠牲にして、それを隠して、二律背反を解決したように見せかけている可能性もあるのです。

 

実は、彼女は自社の納入業者に涙ながらに頼み込んで大量の商品を買わせていたのです。

納入業者も人柄がよい彼女にはいつも世話になっていて、断ることはできませんでした。むしろよろこんで協力しました。

 

もちろん彼女に悪気はありません。まじめに一生懸命に会社の目標に向き合い、上司の期待に応えようとしただけです。

上司からは無理難題を押し付けられ、悩み苦しみ、でもひとりで二律背反を解決する力量はまだなかったのです。

そして道を踏み外してしまった。

上司にも悪気はありません。部下を信じ、任せてみて、そして部下が成果を出したことに喜んでいるだけです。

 

この事例はすごくディフォルメしているので、「彼女にコンプライアンス教育はちゃんとやっていなかったのか?」とか「上司がちゃんと確認すべきだ」とか、割と責任の所在がわかりやすいのですが、私たちの働く現場の実態はどうでしょうか?

もっともっと複雑で、関係する組織や人もたくさん存在します。

ひとつの仕事を終わらせるのに、何十何百というプロセスを経由して、それに関わる人も組織も、会社が大きければ大きいほど多く複雑です。

そのすべてのプロセスや関わる人の間で、どれだけたくさんの”トレードオフ(二律背反)”が発生しているのでしょう。

もちろん、従業員全員、コンプライアンス教育は何度も受けていて、やってはいけないことを理解しています。

だから”トレードオフ”するときは、コンプライアンスをトレードすることは考えません。コンプライアンスには手をつけずに、他のことをトレードすることによって、二律背反をクリアしていきます。

そしてひとつの仕事は、プロセスに沿って、トレードオフを繰り返しながら、次から次へといろんな職場、人の手に渡っていきます。会社の大きな目標達成に向けて、小さな仕事が人の手を渡っていくのです。

でもその流れの中で、たったひとりの人間が、どうしようもなくなったとき、最終手段としてコンプライアンスをトレードオフする可能性もあります。

小さな小さなコンプライアンスとのトレードオフが、ひっそりと発生するのです。

・数字を機械で計測して記入するルールなのに、時間がないから適当な数字を記入した
・上司のハンコが急いで必要だけど、出張で不在のため勝手にハンコを借りて押してしまった

そんな小さな小さなトレードオフが、わずか数秒、数十秒の刹那に。

上司も部下も誰も知らない、わからない、やってしまった本人だけが知っている小さな小さなトレードオフ。

それが巡り巡って大きな企業の不祥事につながっていく、それが不祥事が発生するメカニズムです。

不祥事の完全防止は正直難しい、が・・・

高いビジネス目標を達成するためには、二律背反に直面します。

それを解決するために、何かを得て何かをあきらめる、というトレードオフが生まれ、このトレードオフの繰り返しによって、企業や組織は高い目標に挑戦し成長していきます。

当然コンプライアンスは絶対にトレードしてはいけない、これは誰しも理解しています。

とはいえコンプライアンスには悩ましいところがあります。

コンプライアンスは基本的に企業利益に背反するのです。これが究極の二律背反。

会社が利益だけ求めるのであれば、ブラック企業になるのがベストです。

(ビッグモーターが典型事例、あそこまで潔くコンプライアンスをトレードする会社もある意味すごいですが)

つまり、企業の利益になること、目標を達成すること、に対して、コンプライアンス違反は麻薬のような存在になっているのです。

手を出してはいけないけど、最後の最後にちょっとした誘惑に駆られてしまう、ちょっと手を動かすだけで悩みから解放される・・・

そしてそのような行動に手を染めてしまう人は、みんなまじめで困難から逃げない優秀な従業員ばかりなのです。

その実態を、私たちは認識し、真正面から向き合わなければなりません。

なので、「コンプライアンス委員会の設置」とか「全従業員に対するコンプライアンス教育の徹底」は、コンプライアンスに本気で向き合っていない、アリバイづくりかよ、と私は感じてしまうのです。

実際、日本人なら誰でも知っているレベルの大企業の役員でも、こんなつまらない対応策をドヤ顔で持ってきたりするんですよねぇ。

そんな実態なので、大企業の不祥事は延々と終わらないわけです。

 

じゃあどうすれば企業不祥事を完全防止できるのか?

正直、私にはわかりません。(AIがすべての人類に取って変わって仕事をしてくれたら完全防止できると思いますが)

でもその発生メカニズムを理解すれば、何をすべきかはわかります。

せめて自分の見えている範囲(自分の職場、関連部門、得意先や取引先)の現場で、コンプライアンスのトレードが行われていないか、目を光らせることです。

 仕事を抱え込んで悩んでいるまじめな人はいないか?
 高い目標や難しいはずの仕事をあっさりクリアしているケースはないか?
 縦横の風通しはよいか?困りごとをすぐに相談しあう職場風土になっているか?

それがベースにあってこそ、業務プロセスの改善や、コンプライアンス教育の徹底が効果を発揮するものなんですよね。